あくまでもひとつの例として紹介しますが、恋愛感情・愛情の持続期間は3年だという説をお持ちの人がおられます。
あるカップルが6か月交際して婚姻すると、恋愛感情の残存期間はあと2年半で、2年半の交際後に婚姻したとすると残存期間は6か月ということになります。持続期間には差があるでしょうが、2年だと考えても4年だと考えても原理は同じです。(「恋愛感情」と「愛情」という言葉の使い分けも難しそうです。)
婚姻期間と慰謝料
一般に、婚姻期間が長いほど不倫の慰謝料額も増加するとされています。しかし、上の説のように、恋愛感情がずっと継続するということはなく、徐々に低減すると感じている人も多いようです。
そうすると、不倫の慰謝料は主として精神的苦痛に対する補償なので、婚姻期間が長いほど相手方配偶者の不倫によって被る精神的苦痛は低減し、それに応じて慰謝料額も低減すべきということにならないでしょうか。
法的には
婚姻期間が短いと慰謝料は減額され、長いほど増額されると考えるのが一般的です。3年程度は短く、20年程度は長いのではないでしょうか。
これは、不倫の慰謝料の額は恋愛感情だけに配慮するのではなく、「家庭内の平和」にかなりの重点をおいているということのようなのです。
恋愛感情と婚姻生活
事実婚と法律婚の違いは、
- 婚姻届を提出しているか、いないか
- 戸籍に記載されているか、いないか
という違いだけなのかという点で意見が分かれるでしょう。
「恋愛感情のある共同生活」がすなわち婚姻生活であると考えると、もし、恋愛感情の継続期間が3年だとすると、3年ごとに配偶者を変更するのかということになるかもしれません。もっとも、そうあるべきだという人もおられます。
動物・昆虫の世界なら
『利己的な遺伝子』(Clinton Richard Dawkins 氏の The Selfish Gene)を参考に考えたつもりなのですが、もともと動物の世界では、自分が生き延びるとともに子孫を残すこと(つまり遺伝子が続くこと)が重要なはずです。
遺伝子が生き延びるためには、その動物・生物自体(個体)が生き延びなければなりません。生存競争です。昆虫の話になりますが、場合によっては自分が生き延びることよりも兄弟姉妹や叔父叔母の命や繁殖を助ける例がよくあるそうです。自分が親から引き継いだものと同じ遺伝子が、他の個体(兄弟姉妹や叔父叔母)の中で生き延び、結果的に遺伝子が後世に生き延びます。
もともと生命には寿命があるので、遺伝子はひとつの個体の中でいつまでも生き延びていけないことは明らかで、親から子、子から孫というように他の個体を経由していかなければなりません。
そうすると、遺伝子にとって個体である人間は「生き延びるための一時的な道具、乗り物(vehicle)」だと考えられそうです。人間が遺伝子に利用されているイメージともとれますが、もともと人間と遺伝子は一体なので、人間を「個体」としてとらえるべきではなく、代々伝わる「系列」としてとらえるといろいろな現象が理解できると思います。とはいえ、そもそも人間と動物(昆虫)を同列に考えてはいけないという考えもあるでしょう。
メスがオスを選ぶ
動物のメスが子を生んで育てる期間は、多くの場合、オスの援助(生活援助と子育て支援)が必要です。メスはそれだけの頼り甲斐・生活力・包容力のあるオスを見つけなければなりません。
1頭のメスをめぐってオス同士が決闘をするように見えるシーンはよくあります。この決闘は次のような意味があるようです。
- 勝ったオスは生物として優秀だから、おそらく子孫も優秀であるということをメスにアピールする。(あくまでもアピールするのであって、たとえ決闘に勝ってもメスに拒絶されてしまえばそれまでです。が、メスが拒否するかどうかは遺伝子で決まっているはず。)
- 勝った方がメスを独占する権利があるのではなく、メスがオス同士を戦わせて強い方を相手として選ぶ。
どちらの見方をしても、結局は同じことだと思います。強い方が、生命力・生活力などに優れ、優秀な遺伝子を持っている可能性が高いとはいえそうです。
人間は動物とは違う
しかし、人間は単なる動物ではないので、そういう動物の話とは関係がないという説もよく聞きます。
ヒトのオス(男性)が強い、生活力がある、生存率が高いというのは、決闘に勝つこととはかぎりません。というより、今の社会で決闘はだめです。決闘に強いのではなく、人格で優れているとか、文化芸術で優れているとか、株式投資等の商才に長けていて生活力があるかもしれません。
また、人間は複雑な社会を作っているので、女性は男性の援助がなくても、政府(や行政)は福祉政策で出産と養育の面倒をみる(べき)ということも考えられます。
さらに、そもそも子供を生み育てることは人間個人(特に女性)の自己実現や幸福追求を阻害するという考え方もあるでしょう。
3年で別の配偶者を探すかどうかはともかく、子供の養育は政府と社会全体の役割となると、夫の価値・家庭の役割はかなり低下するでしょう。
子供は社会が育てるのか
上のように、子育ての負担を女性(母親)にあまりかけることなく、母親の自己実現を重視するという意味もあったのでしょうが、ある試みがソ連であったそうです。このページの最後に、参照していただきたいものをふたつご紹介しておきます。また、アメリカ起源のヒッピーと呼ばれる人たちも共同体全体で子供を育てようとしたそうですが、結果からいうと、どちらも失敗したようです。ただし、私はこの試みに詳しいわけではありません。詳細なデータを読んだこともありませんので、お気づきの点がありましたら是非教えてください。
ヒトの子が一人前になるまでには、他の動物と違って非常に長い期間が必要です。養育期間は成年に達するまでと考えられるでしょうが、実際はそれでは足りないかもしれません。離婚時に子供の養育費の取り決め(離婚協議書などの作成)をしますが、大学卒業の22歳までを目処とするとする両親は結構多いですから、養育期間は22年ということでしょうか。
動物の場合は、子育てが完了すれば次の配偶者(オス)を探すまでそれほど時間はかからないようですが、ヒトの場合、子育てに20年かそれ以上かかるとすると、子育てが完了してから次の配偶者を探す(再婚というのでしょうか?)というのは、あまり現実的ではない気がします。誰にでもできることではないでしょう。
もっとも我が国では、たとえば江戸時代中期頃なら、全婚姻のうち離婚率は10パーセント強、離婚した女性のうち再婚するのは6割近くだったそうです。そもそも初婚の年齢が現在よりはるかに低く、離婚も再婚もタブーではないのですから再婚率が高いのは当然かもしれません。
再婚の場合に連れ子がいるかいないかということは、もともとみんな子沢山なので、ひとりふたりの連れ子がいてもたいした問題ではなかったようです。
また、江戸時代の女性は未婚・既婚を問わず、養蚕などの技術を持っていることが多く、たとえば農業をしている男性よりも、技能を持つ女性は現金収入がありました。経済力のある女性には特に再婚話がたくさんあったようです。島崎藤村の『夜明け前』によると、江戸時代の女性は大変に苦しめられており、御一新(明治維新)によって女性が救われたような書き方がしてありますが、まったく現実とかけ離れているという研究者もいます。
実務上は
不貞行為に係る損害賠償金(これをこのホームページでは不倫の慰謝料といっていますが)は、婚姻期間によってあまり大きくかわることはないのではないでしょうか。
婚姻期間が非常に短い場合は、法的には低減されるかもしれませんが、当事者としては、(上に例としてあげた3年以内の不倫となると尚更ですが)、婚姻期間が短いほうが怒りや悲しみは大きいでしょう。たいていは、当事者同士、お互いに事態の重大さを認識しているせいか、それなりの金額で協議がまとまることが多いかと思います。
家庭の平和
婚姻期間が短い場合に、幼い子供がいると慰謝料とは別に養育費が非常に重要になります。(この場合は、契約書・合意書・離婚協議書などきちんと作成することを強くお勧めします。)
このように、子供がいると不倫や離婚は大きな問題となります。不倫の問題も含めて「家庭の平和」が注目されるのだと思います。
上に書きましたように、3年毎に相手(配偶者)を変えるというのは、子供のことも考慮すると現実味は薄いでしょう。極端な話ですが、たとえば35歳で子供ができて、22年経過してから次の恋愛(出産と子育て)となると、江戸時代のようにはいかないと思います。(22年も必要ないという意見もあるでしょうが、たとえば15年では短いでしょう。)
結局、法律上、婚姻期間が長いほど不倫の慰謝料額も増大するというのは、家庭内の平和を乱すことは許されないという意味では理にかなっているといえると思います。
押しつけがましいですが、私は以下のふたつを参考にしていただければと思います。
- 【子には父と母がいる】
- またここにリンクは張りませんが【ソ連の革新的な実験】というワードでをネットで検索すると参考になることがあるかもしれません。