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敷金返還請求と賃貸借
内容証明郵便業務で敷金返還請求を依頼されることがあります。
敷金返還請求の際に、そもそも「賃貸借」とはどういう法律関係なのかがわかっているとわかりやすいのです。
無料で借りる・有料で借りる
人から物を借りて使用する場合、使用貸借か賃貸借なのかを分けて考えます。(法的には、他にも種類があります。)
簡単に言いますと、使用貸借とは無料で借りることで、賃貸借は有料です。
ビジネスか人情か
無料で借りる使用貸借は、ビジネスではなくて、きっと人間関係によって貸し借りをしているのでしょう。有料の賃貸借は、商売かそれに近い契約があるだろうと感じます。
そこで、「貸し借り」でも、無料と有料ではかなりの相違点があります。
無料の場合には、たとえば『「非常によい自転車だけど、しばらく自由に使っていい。」といわれて無料で借りたのに、実はときどきブレーキがきかなくなる。所有者自身はこわくて乗れないから無料で貸してくれただけだった。そして事故になった。』このような場合ですと、いくら無料で貸してくれても責任問題が生じそうです。こういう事情でもなければ、実際に問題が生じることはないでしょう。
ビジネスとしての貸し借り
賃貸借は有料ですから、双務契約といって、互いに権利義務があります。複雑です。が、あえて簡単に書きますと、
- マンションなどの賃貸物をきちんと使用できるように維持管理するのは賃貸人(貸している人)の義務なので、貸している最中に雨漏りなどすれば、賃貸人が修繕する。
- 賃借人(借りている人)は、普通に使っていて、汚れたりすり減ったりしたものは、賃料の中に含まれているので、契約終了時点で、それを修繕したり新品に取り替えたりしなくてよいが、通常の使用以上に汚したり、壊したりした分は元どおりにし(あるいは弁償し)なくてはならない。これを「原状回復義務」といいます。
原状回復義務という言葉を勘違いしている人が多いのです。新品同様にすることではありません。
普通に使った状態か、それとも普通の状態を越えているかは、常識や判例によります。
あらかじめ、合意書・合意契約書などを作っておくと、問題解決の役にも立ちますし、問題の発生を予防する働きもあるでしょう。
敷引金につての最高裁判決
「敷引金」とは、賃貸住宅の入居時に預かった「敷金」の中から、契約終了時に一定額を返還しない特約です。敷金は、原則として全額返還されるのですが、敷引きの特約をすると、敷金の一部は戻ってこないのです。
関西地方を中心に普及している制度と説明されることが多いのですが、川崎市中原区でも行なわれていることがあります。
「敷金」は、入居者が家賃を滞納した場合に充当するとか、通常の暮らしによって生じたとはいえないほどの傷や汚れを入居者の負担で原状回復するときに、敷金の中から支出して、残りを賃借人に返すものです。「保証金」とよんだ方がわかりやすいと思います。
退去するときに、賃貸物件の損耗程度によって原状回復費用が異なりますが、「敷引き」なら、原状回復費用がいくらかかったとしても、一定額に定められているため、退去時に費用の算定や、「敷金返還請求」などのトラブルがありません。実際の費用の方が高い場合には、入居者にはむしろ有利とも考えられます。
貸す側が損をしないように、実際の原状回復費用よりもかなり高く設定されていることが多く、問題となっていました。
平成23年3月24日、最高裁小法廷は「敷引金が高額過ぎなければ有効」と判断しました。
賃貸住宅貸し手側に有利な判断として、喜んでいる貸し手がいるそうですが、そうとも言えないと思います。
最高裁判断の要点は、
- 敷引金の額が契約書に明記されていれば、借り主の負担について合意ができている
- 引き去り額をあらかじめ決めておくことは、紛争防止のために不合理とはいえない
- 敷引特約そのものが不当とはいえない
- 敷引金が高額過ぎれば消費者契約法に照らして無効
ということですから、私は画期的でも何でもなく、常識的な判断だと思います。
もともと損害賠償義務というものがありますが、損害を受けた側が、与えた側に対して、どの程度の損害を被ったのかを立証しなければなりません。これはかなり大変なことです。
そこで、契約の締結時に、損害賠償額をあらかじめ決めておくことができます。
『(民法第420条)当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。
賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
違約金は、賠償額の予定と推定する。』
要するに、契約や取引で何か損害が生じた場合には、損害の程度をいちいち立証しなくても、あらかじめ一定額に決めておけば、煩雑な手続きをしなくてよい。契約時に取り決めた額について、後から不満を持って、訴訟を起こしても受付けない、という制度です。とにかく簡略にトラブルを解決する(トラブルにしない)方法として、昔から利用していた生活の知恵です。
このような考え方からすると、もっともな判決でしょう。
気をつけなければならないのは、「敷引きが最高裁で認められた」からといって、敷引金をとり、さらに原状回復のための費用をとる契約をしてしまうことです。二重取り、三重取りにはお気を付けください。
なお、当サイトの【敷金返還】もご参照ください。
写真撮影は重要
キズや汚れについて、
- 入居時からあった
- 明渡し時に家主や代理人の立ち会いがなかった
- 退去後、次の入居者がいる
というようなことになりますと、後日、原状回復義務だからといわれても、誰が付けたキズ・汚れかわかりませんから、賃借人としても敷金から差し引かれることには納得できないでしょう。
入居のとき、そして部屋・家屋を明け渡すときに明確にしておかなければ、再確認できなくなることもあります。誰が付けたキズ・汚れかわからない場合、訴訟にでもなれば、賃借人が付けたものだと立証するのは家主です。しかし、写真等に記録しておいて家主に提示すれば、訴訟や紛争になる前に解決するでしょう。解決というより、そもそも問題が生じません。
汚れた箇所、壊れた箇所だけでなく、汚れたり壊れたりしていないところの写真もあった方がよいでしょう。内容証明郵便に写真は同封できませんが、きちんと知らせる方法はあります。
彩行政書士事務所で写真撮影もお引き受けしています。
敷金返還と同時履行の抗弁
コンビニでパンを買うと、ほぼ同時にお金を支払うでしょう。お金を払うと同時に、パンを渡してももらうといっても同ことです。取引の基本的な形です。その場で、お互いに権利義務の履行が終わりますから、いちいち契約書を交わさなくても、よくわかります。(買ったパンが腐っていたというのは別の問題にしましょう。)
お金を払わなければパンを渡さないし、パンを受け取れなければお金を渡しません。これが同時履行です。
同時履行でないもの
「敷金は入居時に保証金として預けたのだから、敷金を返すまで賃貸した家屋等を渡さない」、という論理は正しいでしょうか。間違いなく敷金を返還してもらうのに、有効な方法でしょうか。
結論から言いますと、これはできないことになっています。まず、賃貸家屋等を明け渡して、それから敷金の精算をするという順番だからです。
敷金をきちんと返すまで、借りた部屋も返さない、という考え方も、一概に無謀なやり方とはいえないでしょう。現に、そういう裁判(昭和49年)があったくらいです。
結局、賃貸家屋等を明け渡して、それから敷金の精算をしますので、その精算内容が適切でなければ、内容証明郵便で敷金返還請求するのがよいでしょう。敷金返還についてのご相談は少なくなっていますが、入居時(契約時)の特約等に不備があるのではないかというご質問はいただくことがあります。
賃貸人の義務
賃貸人とは貸している人のこと、ここでは家主のことです。
内容証明郵便を使った敷金返還請求の説明で、「敷金を支払わないなら、支払うまで部屋を明け渡しません」、というのはだめだと書きました。しかし、賃借契約期間は過ぎたのに、「明け渡しません」といえる場合があります。留置権行使です。次のふたつの費用請求の場合をみてみましょう。
- 必要費:通常の使用に必要な修繕等。賃貸人が支払うもの。たとえば、「雨漏りの修理」。
- 有益費:借りている物をより良くして、価値が上がること。たとえば、「壁に防音板を取り付ける」。賃貸人の承諾なしにやってはいけない。
有益費は、借りている人が、本来、不必要なことをしたのですから、有益費を賃貸人に支払ってもらう条件がやや厳しくなります。
どういうことかといいますと、
- 賃貸借終了時点で、その利益が残っていないと請求できない。
- 有益費全額を支払うか、それとも有益費を使ってまでやった利益が残っている分だけ支払うかを、賃貸人が選ぶ。
「利益が残っている」とは、たとえば、防音板を取り付けたので、道路の騒音が少なくなったけれども、その防音板をうっかり真っ二つに割ってしまったとすると、この防音板の値打ちはかなり下がっています。それなら、賃貸人はこの工事費用を全額支払わなくてよいわけです。また、
- 有益費ではあっても、裁判所が「後で支払うことにして、とにかく部屋を明け渡しなさい」という判断をすることもあります(期限の許与)。事実上、留置はできなくなります。
本来、「原状回復義務」とは関係ないのに、原状回復義務を負っていると勘違いして修繕費用などを支払っている人が多いくらいですから、留置権を行使する例が多いとは思えません。しかし、後で何とかしようということにして、明け渡してしまってからでは留置権を行使することはできませんので慎重に対処すべきです。
「わかりました。後でちゃんとやります」といわれると、普通はそれ以上言えないことが多いでしょう。正直なところ、私でも個人的にはそうでなのです。「今ここで念書を書いてください」とはなかなか言えません。だから、少し不安だと感じたら、「後でもう一度来ます」と保留しておいて、すぐに専門家に依頼するほうが無難だと思います。専門家は「私の仕事ですから」ということで念書等の手続きをするでしょう。
ひとこと言って解決しなければ、必要費をいくら支出したとか、有益費を支払ってほしいという通知は専門家に内容証明郵便作成の依頼をなさってはいかがでしょうか。
「慎重すぎる」と思われるくらいのほうが、相手もおかしなことをしてきませんから、予防効果があります。
この予防効果のために、専門家に支払う報酬を「もったいない」とみるかどうかです。
賃貸借の相続
亡くなった方が土地建物を所有していれば相続財産ですから、相続人全員で遺産相続の相談をして相続手続きをするのですが、賃貸のマンション等にお住まいだったらどうでしょうか。
賃貸のマンション等に入居していて、契約していた人が亡くなったのなら、契約者がいなくなったわけですから、契約はそこで終了し、もし、そこに同居していた内縁の夫や妻(事実婚のパートナー)がいるなら、もう一度契約をし直すのが正しい手続きだという印象を受けるかもしれません。
一度契約がなくなれば、原状回復義務を果たし、新たに賃貸借契約を結ぶのですから、また敷金・礼金が必要でしょうか。
法律では、死亡した借主に相続人がなく、内縁関係で夫婦のように暮らしていた人(事実婚の相手)がいるなら、引き続きそこに住めることになっています。
一度、契約がなくなって、改めて事実婚・内縁の妻(夫)が契約し直すと、かなり費用がかかりますので、引き続き居住できることを主張しましょう。
口頭で説明して解決しないようでしたら、まず内容証明郵便で主張しておくことをお勧めします。
内容証明郵便を出すと、カドが立つとか、相手を刺激する・人間関係が悪くなる、と心配する方がおられます。それも一理あるのですが、内容証明でなく普通郵便・書留郵便など「書いた内容の記録が残らないもの」で通知したために、後々、困ることもあります。
借家等の譲渡
あなたが賃借していた建物を、その所有者が他の人に売った場合、あなたが賃料を誰に支払うのかということはご存じでしょうか?
あなたが契約したのは、元の所有者Aさんで、AさんからBさんがその建物を買ったわけです。Bさんが、「家賃を渡しに支払ってください」と言ったらあなたはどうしますか? あなたはBさんと何の契約もしていません。
その場合は、建物の所有者を登記簿で調べましょう。Bさんが所有者ならBさんに支払うことになるでしょうが、普通は、Aさんからあなたに「所有者がBさんに変わりましたから、今後はBさんに支払ってください。」という通知をするのです。この通知を厳密にするならAさんは内容証明郵便でするでしょう。
実際にはそれまでの信頼関係などもあるでしょうから、内容証明まで使わなくても、署名押印のある手紙で十分かもしれません。
賃貸借契約の更新
自分が使わない建物を人に貸しているけれども、今度は自分で使いたいとすると、現在、使用している人に出ていってもらわなければなりません。建物賃貸借の契約を更新したくない場合には契約期間満了の1年前から6か月前までに「契約を更新したくない」という通知をしなければならないと定められています。
住んでいる人は、突然、「出ていってください。」と言われたら困るでしょう。
そのため、事前に通知するわけですが、
「確かに通知した。」
「いや、何も連絡はなかった。」
というトラブルを避けるためには、内容証明郵便を利用して、通知した日を明らかにしておくことになります。
このような内容証明郵便は非常に簡単なので、専門知識が必要なわけではありません。しかし、内容証明郵便は紙面の縦横の文字数に制限があるなど、面倒な点もあります。同じ文面で、宛名だけが違う内容証明郵便を一度にたくさん送付するのでしたら、専門家に依頼しても費用は安いと思います。