自分の子ではない子を育てた

以下、実際にあった訴訟を改変して記載しています。

花子は、太郎との婚姻中、不倫相手であった和男との子を出産し、一郎と名付けました。太郎も一郎も自分たちは実の(血縁関係にある)親子だと思っていました。
ところが一郎が19歳のとき、太郎と一郎が血のつながった親子ではないことが判明しました。
太郎はこれを知ると大変怒って、花子に対して離婚訴訟と離婚に伴う損害賠償請求訴訟を起こしました。慰謝料として3700万円、経済的損害として1800万円を請求しました。結果は、600万円の慰謝料だけが認められました。

その後、太郎は花子に対し、不貞の慰謝料として1500万円、一郎に19年間交付した養育費1800万円を不当利得として返還請求の訴訟を起こしました。

離婚の慰謝料と不倫の慰謝料

離婚の慰謝料と不貞の慰謝料(不倫の慰謝料)は同一ではありません。それぞれを別々に算定することもありますが、不貞行為と離婚が時間的に近いなどさまざまなことを考慮して、「ひとまとめ」にすることもよくあります。

上に紹介した例でも、不貞の慰謝料は離婚時に認められた600万円に含まれているとして、1500万円の請求は認められませんでした。

不倫相手の子の養育費

本当は自分の子ではない一郎を実の子と信じて養育したことによる費用1500万円ですが、金額が正確かどうかはおいておくとしても、妻と相姦者との間の子を、自分の実の子だと信じて育てた場合の養育費は返還されるのでしょうか。太郎が養育費返還を求める気持ちがわかるという人もいるでしょう。

訴訟によって返還を求めるのであれば、それなりの理由が必要です。太郎は「不当利得に基づく返還請求」をしました。

不当利得

不当利得に基づく返還請求というのは、

  • 他人の財産または労務により利益を受けること(受益)
  • 他人に損失を及ぼしたこと(損失)
  • 受益と損失の両者に因果関係があること
  • 利得について法律上の原因がないこと

というすべての条件に当てはまっていなければなりません。太郎のケースで、これが認められるのかとうことになります。

養育費は返還されない

結局、太郎の主張は認められませんでした。

一郎は、太郎と花子が婚姻関係にあるときに、花子から生まれた子ですから、嫡出の推定を受けます。(一郎は実の子とみられます。)嫡出子ですから、太郎は一郎を養育するのがスジです。
不当利得による返還請求はできないのです。不当利得には、「一方の利得」と「他方の損失」が条件ですが、これがどこにもありません。一郎の養育費は一郎の養育に使われたのであって、花子が不当に利得を得てはいません。

実の子ではなかったが

太郎にとって一郎は実の子ではなかったわけですが、そのことがわかるまでは父と息子として良好な親子でした。
子を育てるには経済的費用がかかることはもちろんですが、子育ての悩みや苦労があったでしょう。また子を育てる楽しみや喜びもあったはずで、一郎を育てた19年間について、一概に太郎が被害者であったとはいえないということのようです。

不当利得と不法行為

さらに、一郎からすれば、太郎によって育てられたことについて何らの責任もないわけです。
そうすると、「不当利得の返還請求」における「不当な利得」と「それに対応する損害」はみつかりません。
一郎が太郎の子でないことを隠していた(だましていた?)花子の責任は大きいと思いますが、このような精神的損害を与えた場合の責任は不法行為責任となります。

実子でない子を育てたが

不法行為による損害賠償責任としては、離婚時に太郎は600万円の慰謝料を花子から得ることが認められています。
太郎が花子の責任を追求したい気持ちは理解できるとしても、不当利得という考え方には当てはまりません。さらに、花子の立場になってみるとどうなのか、一郎の立場になったらどう感じるのかなど、法律とは別に考えさせられることの多い問題でしょう。
血縁関係の重要さとか、親(父)と子とはそもそもどういう関係なのかなど、根本的すぎて結論が出せないくらい深い問題となりそうです。

ちなみに、映画「そして父になる」(2013年。是枝裕和監督。)という作品は、病院での子供の取り違えを題材にしたものですが、上に紹介した太郎の例と内容的に関連していそうです。この映画は1971年の沖縄での実際の出来事を参考にしたそうですが、実話とは結末が異なるようなので、監督の考えを表しているのでしょう。

赤ちゃんの取り違え事件は意外と多かったようです。法律との兼ね合いも考えると、1953年3月30日に墨田区の賛育会病院で起きた取り違えは多くの問題を提起していると思います。病院で子供を間違えて、一方の子は裕福な家庭の子となり、他方は経済的に恵まれない家庭の子となったために、経済的に恵まれなかった家庭で育てられた子が訴訟をした事件です。関心があればネット等で検索なさってみてください。

離婚不倫の慰謝料養育費、そして親子問題・家族関係など、こじれてしまえば訴訟しかないでしょうが、訴訟をするとすべてが解決するとはかぎりませんから、落ち着いて検討しましょう。